田中さんを学ぶ

明治維新を経て宮内大臣になった幕末の志士、田中光顕さんについて学んできました。

坂本龍馬や新選組のような桜が散るように生きた人が好きな私にとって、

正直、官僚として出世した人の人生に恰好の良さは感じませんでしたが、終生、維新で命を落とした盟友を思いながら生きた生き様には感銘を受けました。 “田中さんを学ぶ” の続きを読む

平家を大切に

屋形船仁淀川に来てくださった団体観光のお客さんに「屋形船の次はどこへ行かれるのですか?」と聞いたことがあります。そのお客さんは「次は四万十川で昼ご飯だ」と微笑みながら答えてくれました。

ご存じない方のためにお知らせすると、

四万十川と私たちの仁淀川は全くの別物で、仁淀川から四万十川までは車で2時間以上かかります。

ちなみに、そのお客さんの言わんとしたことは「次は仁淀川の上流中津渓谷で昼ご飯だ」です。

団体観光のお客さんは総じて訪問先の土地や活動に興味がありません。仁淀川を四万十川と思って観光しておられる方や「淀仁(よどに)川はなんで有名なの?」とおっしゃる方などけっして珍しくはありません。

それは当然です。団体のお客さんの目的はお友達や職場の同僚と親睦を深めることで、楽しければ場所はどこでもかまわないからです。

今日は越知町で、横倉山のガイド研修に参加しました。お客さんを楽しませる方法を学ぶためです。

横倉山は、源平合戦で敗れた平家一門が安徳天皇と移り住んだ土地。平家の隠れ里であり安徳天皇が亡くなられた場所です。

これほど神秘的でミステリアスで魅力的な歴史をもつ場所がほかにあるでしょうか?中央から遠く遠く離れた山奥に突然現れる宮内庁管理の地にたたずむと、この土地の持つ歴史の複雑さとはかなさに押し流されそうになります。横倉山は全身で歴史を体感できる貴重な場所です。

横倉山に来るたびにこの唯一無二の魅力をもっとたくさんの人に知ってほしいと痛切に感じます。

仁淀川流域の様々な研修に参加して思うのは、観光地としてのこの地域の魅力は、歴史と伝統に裏打ちされた伊勢神宮や高野山のような深い「癒し」です。

団体さんが来てくれるのは大変うれしいのですが、熱海や鬼怒川のような楽しみを期待して来られるお客さんがいたら期待外れになってしまうかもしれません。

上の写真は決して期待を裏切らない越知町、居食家かどたの「からあげ弁当」。

こころに響くダンス

恥ずかしながら民俗芸能といったものと接したことがありませんでした。日本に住んでいながら日本の民俗芸能について何も知りませんでした。川越祭りの山車に乗っている笛と太鼓と踊り手を遠くから見たことはありましたがなんの感情も湧かなかった、その程度の記憶しかありません。

高知県日高村に越してきて沖名の花採太刀踊り(はなとりたちおどり)に出会った時、自分の運の良さに本当に感謝しました。日本一素晴らしい民俗芸能であり武道と巡り合えたからです。しかしよく考えてみたら武道についてはまあまあ知っている方ですが、花採り太刀踊りは生まれて初めての民俗芸能でした。

昨日、高知県民文化ホールで開催された第58回中四国ブロック民俗芸能大会で生まれてから2つ目の民俗芸能を見ました。2つ目もとても感動してしまいました。

それは愛媛県両谷の獅子舞です。楽しそうに踊っていた赤い小猿と獅子を最後に狩人が銃で撃ち殺すお話が無言のダンスで表現される舞を見ていると、生きる切なさとか悲しみのような感情が心の中に湧き上がってきました。2種の太鼓が刻む単調なリズムが心に突き刺さりました。

私たちの日高村花採り太刀踊りは見ても舞っても血が沸き立つのを感じます。真剣のもつ極限の緊張感と他者への思いやりがこの舞いにすべて表現されています。早く覚えて見る方から舞うほうになりたいものです。

民俗芸能の奥深い世界を垣間見た一日でした。まだ2種類しかみてませんが。

それにしても舞台上で舞うのはやはり特別です。高知県代表に選ばれた名誉とプレッシャーのおかげでその夜の打ち上げは参加者一同いつもの倍以上のペースで酒が進みました。昨日はブログを書こうと思ったら飲み過ぎで目の焦点が合わなかったので書けませんでした。高知の酒は日本一です。これは自信をもって言えます。

オムライスってなんだろう?

志国高知幕末維新博」の地域会場に日高村が選ばれなかったから言うわけですが、高知家は観光素材としての明治維新を過大に評価し過ぎていると思います。大政奉還から150年を記念して高知に遊びに来る人が地球に何人いるのでしょうか。

ちなみにこの地球には一人、日高村オムライス街道から発信されるオムライスの写真を楽しみに待っているイギリス人がいます。彼は謎のレシピ「オムライスってなんだろう?」と思いながら、おいしそうなオムライスの写真を毎回楽しみにしているそうです。そしていつか日本の高知の村、日高村でオムライスを食べる日を夢にみているそうです。地球の裏側の知らない人と交流できるインターネットには驚きます。オムライスの魅力に感謝です。

確かに明治維新は魅力的です。しかし高知にはもっと魅力的な歴史がたくさんあります。悲しいのはそれらがほとんど大切にされていないことです。

平家の伝説は四国だけにある特別なものです。源平盛衰記は明治維新よりも長く日本人に愛されてきた歴史です。高知には宮内庁所管の安徳天皇陵があります。これほど人を惹きつけるミステリアスな物語を持つ魅力的な観光素材がありながら横倉山は今日も静かです。

今日は日高村小村神社で国宝の大刀を見てきました。現存する日本で一番古い日本刀です。昨今「刀剣女子」という言葉が生まれるほどの日本刀ブームでしかも年にたった一日しかない公開日の今日。とても静かに飛鳥時代の素晴らしい大刀を見ることができました。高知家は今日龍馬生誕祭のおかげです。

「金銅荘環頭大刀」は聖徳太子が提げている大刀と同じ時代に作られた大刀です。日高村になぜこのような高貴な大刀があるのか?土佐二宮小村神社はなぜ日高村に作られたのか?安徳天皇と平家一門はなぜ横倉山を選んだのか?源氏はなぜ平家を執拗に追ったのか?そしてなぜ武田勝頼は仁淀川町に来たのか?

仁淀川流域の歴史は魅力的な謎に包まれています。世界中の日本史愛好家にもっと知られるべき地域です。

あした国宝を見ます

高知新聞が日高村特集をやってくれたおかげで私の投書が採用されました。高知新聞の影響力は大きく村を歩くと初めて会った人にまで祝福されます。いつものように太刀踊りに出会えた幸運を書いたのですが、見知らぬ人が私の投書に喜んでくれるのを見るととても暖かい気持ちになります。それもこれも、上手に読みやすく編集して載せてくれた高知新聞の皆さんのおかげです。

このブログも高知新聞が校正してくれれば少しは読みやすくなるのですが。

明日11月15日は小村神社の大祭、国宝「金銅荘環頭大刀」の拝観日です。この国宝の素晴らしさはブログ「村の国宝を紹介します」をご覧ください。

今日、小雨降る小村神社は静まりかえっていました。いつもと同じ誰もいない境内。おとといの「メシふぇす」をやりきって小村神社の大祭はすでに終わったとも思える静寂。明日たくさんの人でにぎわうのか、はたまた静けさの中で国宝を拝観するのか全く想像ができません。そもそも本当に明日国宝が公開されるのでしょうか。小村神社は不思議なくらいいつもと同じでした。

関東に住んでいるとき、国宝を見るというのは大変なことでした。上野で正倉院展が開催されれば高いお金を払って長蛇の列に何時間も並ばなければ国宝を見ることができませんでした。小村神社の国宝は正倉院とほぼ同時期の古いものなのに明日は500円で見ることができます。この村の静けさはとても奇妙に思えます。

昼間、高知市内に行くと龍馬生誕祭の準備に上町はにぎわっていました。関東人の私からすると龍馬よりも国宝の方が人を呼べると思ってしまいます。高知では明治維新がまだ昨日の出来事です。

神聖なものを見るときは騒いではいけない。日高村の静寂は国宝を見る本来の姿勢を教えてくれているのかもしれません。

どちらにしても投書が新聞に採用されて浮かれている私にとっては、村の皆さんの笑顔が何よりの国宝です。さっきも大家さんから祝福の電話がかかってきてさらに浮かれています。

あしたの国宝とても楽しみです。

 

太刀踊りの誘惑

日高村沖名の花採太刀踊り(はなとりたちおどり)の練習が再び始まりました。

中四国伝統芸能大会の高知県代表に選ばれたからです。

さすがに先月始めたばかりの私は11月20日の本番にはかばん持ち兼撮影係で参加しますが、昨日から始まった練習には参加させてもらっています。すでに足腰は筋肉痛でガチガチです。

日本刀の美しさは世界中で注目されていますが、日本刀の「使い方」の美しさはあまり知られていないのではないでしょうか。剣道や居合道などの素晴らしさや美しさはよく知られていますが、これらは江戸時代以降平和な時代に作られた武道でどちらかといえば形式の美です。それに対して中世に生まれた太刀踊りは即実践に応用できるまさに実用の美です。しかし残念なことにこの美しさはほとんど知られていません。

沖名の花採太刀踊りでは、太刀が踊り手の身体の周囲をまるで太刀自体が命を持っているかのように自由自在に動きます。それは一本の太刀が鎧となって踊り手を守っているかのようです。武具や防具などそろえることなどできない貧しい日下の農民たちが太刀一本であるいは木の棒一本で自らの命と家族や仲間や土地を守るために編み出された極めて高度な武道です。花採太刀踊りはこの武道を最も効率的に身体に覚えこませる練習方法だと思っています。

人と危険な太刀が調和して動く姿はまさに舞いです。美しいという表現しか見つかりません。

10月の興奮がまたよみがえってきました。

昼間は須崎市の魚まつりに行ってきました。地魚の握りずし。すさきがすきさ。