3度目の新年度

早いもので高知へ来て3度目の新年度を迎えました。

時の流れは信じられないほどの速さです。まだつい最近、高知へ来たような感じがしています。毎日が初めての体験、新鮮な発見の連続です。

草の伸びるのがこれほど早いなんて知りませんでした。

それでいて、いや、そのせいか埼玉のことはほとんど思い出せません。埼玉に住んでいたのは遠い遠い昔のこと、3年どころかずっと何年も高知にいたような感じがします。

昔話の浦島太郎はこんなアンバランスな時間の感覚から生まれたのではないでしょうか。

高知も埼玉も同じ日本、当然、目に映る景色も両方ともやはり日本です。

それでも両者の暮らしは大きく違います。

よく田舎者はどうで、都会の人間はどうだみたいな話を聞きますが、私の知りえた限りでは人間は人間、どこでも同じです。田舎でも都会でも人間の性質にたいして差はありません。

違うのは自然。これは圧倒的に違います。

自然の豊かさが人の暮らしにこれほど大きな影響があるとは、都会に住んでいる時には想像もできませんでした。

舗装されていない道が足底から全身に与える情報量の多さにはただただ驚くばかりです。

そして春が、これほどまでに多様な変化と湧き上がる命であふれていることを知らずに暮らしていた自分が信じられません。高知へ来る40過ぎまで「世界」について1ミリも知らずに生きてきたと言っても過言ではないくらいです。

「春を探しに」とか旅のパンフありがちなフレーズですが、日高村では春は探すものではなく、圧倒的なパワーで雪崩のように押し寄せて来るものです。

今、圧倒的な春に囲まれて毎日暮らしています。

今年度は地域おこし業の最終年。

2年間たっぷりの充電もできたので鍼灸師を再開する準備を開始します。




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