高知と埼玉のつながり

高知と埼玉は1000キロも遠く離れているにも関わらず、高知で暮らしていると埼玉をよく目にします。

今日は埼玉西武ライオンズが高知キャンプ入りしましたし、日曜にあった龍馬マラソンでも埼玉からの参加ランナーがやたらに多かったように思います。

日高村絵本コンクールでも埼玉からの応募がけっこうありました。

埼玉の方でも坂戸市は昔からよさこいが盛んです。

どこにも書いてないし誰も言いませんが、高知と埼玉には深いつながりがあるように思えます。

もちろん私が埼玉から引っ越してきたせいで埼玉ばかりが目に付くのかもしれません。

ただ両者には気のせいだけではない太い関係があるように感じています。

埼玉の病院で鍼灸師をやっている時、Kさんという患者さんを担当しました。

初老の中年男性で終末期のがんを患っている方です。痩せていてとても物静かな紳士だったことを覚えています。

Kというお名前は初めてだったので会話のきっかけに「珍しい名前ですね」と言うと、

「高知の名前なんだ。両親は高知から東京に出てきたんだけど、ぼくは結局一度も高知へ行くことはなかったなあ。」としみじみ言われました。

当時、私はまだ高知へ行くことは決まってなかったばかりではなく、そもそも高知とはつながりもそれほどなかったので、その話はそのまま聞き流しました。

その後、高知に住んでからある日、『日高村史』という分厚い本を何気なく読んでヒマをつぶしていると、文章中に「K氏はもともと日下の豪族」であるとか何とかとあり、Kという名前の人のルーツは日高村にあるというような記述を発見。

驚きました。これが本当だとすると私は偶然Kさんのふるさと、Kさんが一度も帰ることができなかった土地に移住したことになります。しかしこれは偶然なのか?何か計り知れない因縁に導かれて私は日高村へ来たのかもしれない。

『日高村史』を前にして、亡くなったKさんの代わりに私が高知に帰ってきたような気がしていました。Kさんが私を高知へ連れてきてくれた。

Kさんとは一か月程度の短いお付き合いだったのに。

だからと言って、これはKさんと私の個人的なことで、これをもって埼玉と高知に深いつながりあることになりません。それでもまだまだ高知と埼玉の間にはいろんなエピソードが眠っているような気がします。

表題の写真は雨上がりの日高村沖名。




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