観光地の本音

日高村には沈下橋があります。

沈下橋とは高知の観光名所で、欄干のない橋で渡るとスリル満点です。私たちはいつも愛情をこめて「日高の沈下橋、日高の沈下橋」と呼んでいます。

それが昨日、高知県観光ガイドの集まりで、沈下橋の反対岸いの町から来た女性が「いのの沈下橋」と呼んでいてカチンときました。自分の大切なものを盗られたような気分です。

沈下橋は仁淀川をまたがり日高村といの町にかかっているので、どちらの呼び方も正しいのですが、愛着のある橋なのでやっぱりあれは「日高の沈下橋」と言いたい。

それはともかく、

そのいの町の女性は「最近、仁淀川にも観光客が増えて、あの沈下橋を生活道として使っている私たちにとっては迷惑だ」と言っていました。

実は観光客が迷惑だという話は地元ではよく聞きます。

ただ観光の集まりでここまで堂々と本音を聞いたのは初めてです。

昨夜、テレビで仁淀川町安居渓谷の仁淀ブルーが紹介されました。それに対して今日聞いた村の感想も冷ややかなものが多く、「あの細い道がまた観光客で混んでまう」そんな感じです。

仁淀川には仁淀ブルーが見られる場所がいくつかあって、今道が崩れて見学不可になっている「にこ渕」もその一つです。

にこ渕も以前テレビで紹介されて観光客が増えました。ここは地元では神聖な場所になっていてゴミを捨てていったり泳いだりする観光客に対する苦情が多かったと聞きます。

にこ渕への道が通行不能になって約1年、いまだ復旧の知らせが届く気配すらありません。

「観光客なんていらん」というのが仁淀川流域に住んでいる人の本音のように感じます。

人間はカネのために山の一つや二つ消滅させる力を持っています。本当に観光客にたくさん来てほしいなら、にこ渕への道なんて1週間で直せるはずですし、安居渓谷への細い道なんてあっという間に太く整備できるはずです。

地元は観光客を望んでいないからこそ、道路や駐車場も整備しないしホテルも作りません。

ただ、だからといって「これだから田舎は閉鎖的で困る」などと言ってもらっては困ります。

高知は閉鎖的だから観光客が少ないのではなく、豊かで満ち足りた生活を送っているために観光客のようなよそ者の落とすカネをあてにしなくても十分暮らしていけるからです。

毎日の豊かな暮らしを、何も分からない観光客に邪魔されたくはありません。

高知での生活は、貨幣経済、大量消費社会の外側にもう一つの豊かな社会があることを教えてくれます。

数十年後、人口が半分に減っても高知は豊かに暮らしていると思いますが、都市ではそうはいかないでしょう。

ところで、話を冒頭の沈下橋に戻します。

いの町はともかく、日高村では観光客の増加を大歓迎しております。観光客の皆さんはどうぞ安心して日高村側から「日高村の沈下橋」へお越しください。

お待ちしております。




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