空き家の歴史

私の借りている家は昭和54年生まれ。人間の年齢でいうと40歳になります。

私たち夫婦と同年代です。

自分では若いつもりでいても、この家の古さを見ると長く生きてきたのだと嫌でも痛感します。

柱は裂け、床は抜けかかり、屋根瓦は欠け、排水パイプの水漏れはどうやっても止まりません。

「たとえ40年以上生きていても、自分はこの家ほど老け込んではいない」そう言い聞かせながら大掃除をしています。

この家には長く住んだ人がいません。

この家は、大家さんのお父さんが大家さん夫婦のために建てたものですが、夫婦はお父さんの期待も虚しく、すぐに高知市へ移り今もそこに住んでいます。

その後長い年月空き家の日々が続き、聞いている範囲では次に住んだのは小さい子供を連れた大阪からの移住者夫婦。私たちがここに来る3年前のことです。

この一家は1年ほど住んだだけで親の介護のために大阪へ戻りました。

ただ大阪へ帰る前小さな子どもはこの家に謎のメッセージをたくさん残しています。

トイレのドア、和室の襖には意味不明の日本語、英語、数字が秩序なく描かれ、否応なしに見る者を謎解きへと誘います。

3年間、私はトイレに座ってこの謎に挑戦していますが、答えはいまだに分かりません。

その子供を別にすれば、この家を一番かわいがったのは大家さんのお父さんです。

私たちが来る前に施設に入ってしまったので、まだお父さんとは会ったことはありません。

それでもお父さんが家の庭を一生懸命に手入れしていたことは今でもよくわかります。

たとえば、庭の松の木は針金でがんじがらめ。

松を思い通りの姿に育てたかったお父さんの気持ちが痛いほど伝わってきます。

今日はその針金を全部外してあげました。松も長い間の束縛から解放されて気持ちよさそうです。

 

家を掃除しながらかつて住んだ人たちの息吹を感じるのも中古に住む醍醐味と言えます。

いつ家が老衰を迎えるのか不安ではありますが。




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