春と冬は同居できない

「寒い寒い」と言っているときは暖かい春が待ち遠しかったのに、小川で遊んでいた冬鳥たちがいなくなってみると寂しくなります。

メジロが梅の木で遊び、カエルが土の中から出てくるのはうれしいのですが、雑草が伸びるのには閉口します。

春が来れば必然的に冬が終わります。

雑草のない春。冬鳥が泳ぐ春の小川を楽しみたいと思っても、当たり前のことですが、それは無理です。

気持ちが穏やかになっているせいか、年を取ったせいか、高知に引っ越してきたせいか、季節の変化が速く感じられます。

春の訪れよりも、去ってゆく冬が懐かしい。

ところで、先週の高知新聞不定期連載中の日本銀行高知支店長のコラムによると、経済が活気を維持するためには新陳代謝が重要だそうです。古い企業が消えては新しい企業が生まれる経済が健全で、この点、日本と特に高知は新陳代謝が悪いのだそうです。

確かに日本経済も高知経済も停滞しているのを感じます。バブル期と比べると老人ホームに暮らしているようにのんびりしています。

ただ私も古い人間になりました。新しいIT企業にはどうも親近感が感じられません。

そして昔から誇りにしていた東芝やソニーに元気がないのをとても寂しく感じます。

新陳代謝が進めば、日本経済も季節と同じく活気あふれる時代が再び巡ってくるのでしょうか。

日本経済には今までになかった全く新しい季節が必要な気がします。

 

写真は控室のもへいくんとその愉快な仲間たち。右端に小さく新しくパワーアップしたヨコジローが写っています。




コメントを残す