日高村は世界の中心

現代はパラダイムシフトの時代だと言われます。

今まで当たり前だと思って疑うことがなかった社会の枠組みそのものが、大きな変化を迎えている時代です。

そんな中「地方の時代」と各分野で言われているにもかかわらず、いまだに「東京中心」の思考から抜けきれない人が多いのには食傷気味です。

パラダイムシフトの例としてよく挙げられますが、地動説が社会に受け入れられるようになるためには天動説信奉者が全員死ななければならなかったそうです。人は自分の考え方そのものが間違っているとは認めようとはしません。パラダイムシフトは一日二日でできるものではなく旧パラダイム(枠組み)の信奉者がいなくなるまでの長い時間がかかるものだそうです。

事実として、もはや東京は中心ではありません。どんなに巨大資本を投入しても東京に住む人は強くはなりません。東京は張り子の虎です。カネはなくても地方はもともと強かったことにそろそろ気づいている人も増えています。

これから来る人口減少とさらなる不況に東京は生き残れないと思います。人が弱いからです。

多くの人が過小評価していますが、地方(日高村)は生き残ります。1000年以上続いたコミュニティの本当の力強さは、東京中心(経済中心)の考え方に固執している人には理解できません。

日高村に来て思い知ったこの地方の本当に価値、奥深さをどうすればうまく伝えられるのかが難しく、今悩んでいるところです。旧パラダイムに生きている人にはまったく理解できない話になってしまうからです。

言うまでもないことですが、日高が世界の中心というのは、日高村が東京の代わりになるという意味ではありません。一つの中心が日本を運営するのではなく、たくさんの中心(地方)の緩やかな連合が日本の形になるという意味です。たぶんこれが「地方の時代」の意味だと思います。

だいぶ酔っているので、くだを巻いてしまいました。

それにしても不思議なのは私を含めて東京から来た人は、どうして自分が東京代表みたいな話し方をするのでしょう。それこそ小さな個人が代表できるほど東京も小さくはないにも関わらず、どうしても偉そうに「東京では~」などと言いたくなってしまいます。まあ、私は八王子なので特に偉そうに東京を主張します。

草刈りもできないくせに東京人はマヌケなパラダイム(枠)の中に生きています。

写真は山菜の女王「こしあぶら」の天ぷら。噂のクッチーナかねしんにて。




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