日高村、地域おこしの過去と未来

日高村はかつてさまざまなテーマで地域おこしに取り組んできました。

コスモス、メダカ、など。

しかしどのテーマに取り組んでもすぐにやめてしまうのが日高村の特徴です。

コスモスの里づくりもメダカの里づくりも数年で終わってしまいました。

今日初めて知ったのですが、イルミネーションで地域おこしに取り組んだこともあって、これもすぐに終わったそうです。

コスモスは今、越知町でコスモスまつりとして花開き、イルミネーションは佐川町で大々的に行われています。ただメダカはどこも採用していません。

「何をやっても長続きしない」とは人を低く評価するときに使われる言葉ですが、自治体の場合も同じなようで村外に出て日高村の名前を出すと見下されるのをよく感じます。

「日高は通り過ぎるだけの村」という表現は高知県民がよく使う日高の肩書きみたいなものですし、高知市内の人から「日高ってどこにあるが?」と聞かれることなどはしょっちゅうです。高知市から日高までは15キロしか離れていないのに。

おかげで日高村の人は村民であることに劣等感を持っている人が多いような気がします。

何かと言うと隣の佐川町やいの町を褒めて、それに比べて「日高はダメやき」と言うのは村のお決まりの挨拶のようなものです。

しかしそれもすでに昔の話。

今、オムライス街道は5年続いています。

今日村の中学生が授業で作った「新聞」を見せてもらいました。

3年生が7つの班に分かれて作った7つの新聞です。

どの新聞にもオムライス街道が堂々と取り上げられ、オムライス街道を使ったこれからの村づくりの未来が語られていました。

劣等感とは無縁の日高村。新鮮でした。

中学生はオムライス街道を通じて日高村民であることに誇りを持っています。

オムライス街道はこれからも続きます。

中学生や小学生、高校生のアイデアを取り入れて日高村オムライス街道はますます発展するはずです。

この中学生新聞はもっとたくさんの人に読んでほしいところですが、授業で作ったものなので今のところ非公表になっています。

村の未来がいっぱいに詰まった新聞をみんなの共有財産にしたいものです。

 

表題写真はもへいくん(うしろ)とシュガーちゃん(前)。

もへいくんはゆるキャラブームが始まるはるか前に誕生し、今でも日高村地域おこしの代表として活躍しています。




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