日高の熱い時代

15年前の村の広報をじっくり読んでみました。

当時、日高村は産廃の最終処分場建設の是非を巡って村を二分する対立状況にありました。

この当時のことは今でも皆あまり語りたがりません。住民投票にまでなった対立は村の深いトラウマになっています。

では、当時の広報も暗かったかと言えば、その反対です。

むしろ今よりも活気がありました。

抑えた表現の中にも編集長の村への熱い情熱があふれています。編集長だけではありません。おそらく非常に多くの村民が村政へ熱くかかわっていました。

対立は反面、村の生活に活気をもたらしたようにもみえます。

15年前、村にはソフトボールチームがたくさんあって、大会が盛んにおこなわれていました。

日高村体育会という組織があって、メンバー表を見ると消防よりも巨大な組織です。しかし、今はもう体育会という組織は消滅してしまいましたし、ソフトボール大会もありません。チームすら一つもないようです。

当時、月に1回、大滝山で自然観察会が開催されていました。

今、大滝山は最近になって地域の人が復活させようと必死に活動するまで、誰も登らない山になっていました。

今からみると15年前の日高村は、村民が主体となった活動やイベントが盛んにおこなわれていました。

しかし、それでも当時の広報編集長は村民に熱く呼び掛けています。

「最近、昔よりもイベントが減っているとは思いませんか?」

彼は編集後記でそう問いかけると、消えてしまったイベントを一つ一つ挙げていきました。(その中にはコスモスまつりもあり、日高村で消滅した後、このイベントは今、越知町で文字通り花開いています)。

そして、文章の最後で彼はその月に開催される村民大運動会への参加を呼びかけます。

「今こそ村が一つになる時です」。

(はっきり覚えてはいないのですが)そんなような熱い言葉で締めくくられていました。

今はもう村民大運動会も消滅してしまいました。

今週末にはあじさいまつりが開催されます(写真)。15年前にはなかったイベントです。おそらく15年後にもないでしょう。

しかし何か新しいことが15年後の日高村にはあるはずです。




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