旅にあって観光にないもの

「人生は旅のようなものだ」と言われることはありますが、「人生は観光のようなものだ」とは言われません。

旅と観光は似ているようでだいぶ違うようです。

昔、旅行コンシェルジュの森本剛史さんと知り合って個人的にお話を聞く機会がありました。森本さんはまだ海外へ行くのが一般的ではなかった1960年代にバックパックで世界中を旅した人で、その旅の話は何時間でも聞いていられるほど刺激的で感動に胸を高鳴らせながら聴き入りました。

森本さんの目を通して見る世界が、自分の見る世界と違ってとても魅力的で輝いていることにとても驚いたものです。

それから数年が経ち、なんの因果か今高知の片隅で観光に関わる仕事しています。森本剛史さんに教えてもらった旅の感動をここ日高村の観光で再現しようと試みていますが、なかなか時間がかかりそうです。

私自身は日高村に暮らして毎日刺激的で感動にあふれた暮らしをしています。自然は常に変化に富んでいて飽きることがありませんし、ここで暮らす人の生活の知恵は新しい発見ばかりです。

この毎日を何とか観光にできないかと苦心しているうちに、旅にあって観光にないもが見えてきました。

旅には自由がありますが観光にはありません。

旅の主人公は旅人ですが、観光の主人公は観光業者、観光客は業者の作ったものの受け手に過ぎません。一度ツアーに参加してしまえば、客はどこでご飯を食べるか、どこに泊まるかなどすべてツアーのスケジュールに従わなければなりません。最近ではアメリカの飛行機会社を選んでしまうと、ルールに従わない人は機内から引きずり出されることもあります。

日高村に来たなら自由に動き回ることをお勧めします。思うままに足を進め、偶然見つけた店でランチをとれば、新しい発見と感動的な出会いが待っているはずです。

日高村には観光では体験できない本物の旅があります。




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