旅する高知人

コロナ全盛ではありながら、えらく久しぶりに高知から来た人と会いました。

京王百貨店聖蹟桜ヶ丘店へ行くと司牡丹のブースができていて、そこにいた60がらみの男性が司牡丹を売りに来た高知の人でした。

司牡丹は高知県佐川町の造り酒屋で、佐川は私の住んでいた日高村とは隣同士。

ほぼ地元の酒として毎日毎晩水代わりに飲んでいた日本酒です。

司牡丹を巡る思い出もたくさんあります。

お祭りの夜にはヤカンでお湯のように沸かした(お銚子を湯煎ではありません)司牡丹を直接湯吞茶碗になみなみと注ぎ、近所の皆さんと返杯を繰り返しました。

酔っぱらいながら自分たちでヤカンをコンロの火にかけるのでつい温め過ぎてしまいます。

熱燗どころか熱湯になった司牡丹を口に火傷を作りながら吞みました。

辛口の酒はそれでもとてもすっきりしていて、どんなに飲んでも悪酔いすることはけっしてありません。

そんな話を理解できる人と今日久しぶりに出会い、楽しく懐かしく話すことができてとてもうれしい時間を過ごすことができました。

ところが聞くと、

その人はもう2年ほど高知へ帰っていないそうです。

コロナのせいだと言っていました。

旅から旅へ、故郷へも帰ることができずに司牡丹を売って歩いているのでしょうか。

2年高知へ帰っていないとすると、私と同じじゃないですか。

どうりでその人も思い出を話すように高知の話をすると思いました。

会話の途中、佐川町出身の維新の偉人で多摩市の聖蹟記念館という明治天皇を顕正する立派な建物を建設した人物を、私たち二人ともどうしても思い出すことができませんでした。

佐川町と隣の日高村の人なら絶対に知っている地域の偉人です。

何しろ坂本龍馬の友人で、中岡慎太郎の友人でもあった人であり、

聖蹟記念館を通じて多摩市の発展にも大きく貢献してくれた人。

そんな重要な偉人を、私たち二人ともどうしても思い出せません。忘れるはずのない名前をうっかりど忘れしてしまっていました。

家に帰ってきて、買ってきた司牡丹「船中八策」の箱を見てみたら、そこに書いてありました。

田中光顕さんです。

二人ともすぐ近くの名前がありながらそれに気づかず悩んでいたわけです。

歳はとりたくありません。

加えて2年のブランクは大きい。

田中光顕さんも忘れてしまうほどの長い不在。

旅する高知人。

ただ、物忘れはさらに加えてお互いに司牡丹の呑み過ぎって可能性もあります。




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