川越を歩く

高知へ移住する前10年ほど住んでいた埼玉県の川越を歩いてきました。

約5年ぶりの小江戸(「こえど」と読みます)川越蔵の街(写真は時の鐘)。

街並みは変わりませんでしたが、店はほとんど入れ替わっていて知らない店ばかりです。

街というのは、閉店して消えた店に着目すれば衰退しているようにみえるし、新しく開店した店に着目すると発展してみえます。

川越を見て衰退していると言う人もいれば発展していると言う人もいるのは、こんなところが原因しているのではないでしょうか。

今日歩いてみて私は、昔あった店よりも新しくできた店の方が好きになったので(うまそうなラーメン屋がやたら増えていました)、川越は発展しているように見えました。

ある街が発展しているのか衰退しているのかの判断には主観的な要素も多く働いているように思えます。

高知は、実際にはそれほどでもないのに衰退していると思い込んでいる人に引きずられている面が多々あるようです。

多摩から見ていると高知にはどんどん新しい店ができているように見えます。(高級食パンの店も今は3、4軒あるのではないでしょうか。私がいた半年前はわずかに乃が美だけでした)。

 

それにしても川越は遠い。

何千回も信号で止められ、行き交う大型トラックの排気ガスを浴びながら車を走らせていると、移動ストレスがゼロだった四国がとても懐かしくなります。

せめて、うどんを求めて毎週のように香川へドライブしていたあの情熱が、ここにもあれば100キロの道も苦にならなかったはず。

そういえば埼玉もうどん県だそうです。埼玉のうどんしか知らなかった川越時代の私も埼玉のうどんが日本一だと思っていました。

残念ながら讃岐を知ってしまうと埼玉のうどんは色褪せて見えてしまいます。

例えるなら、海から5000キロ離れたアフリカ大陸の寿司屋の寿司が本物の寿司だと思っていた地元部族の人が、日本へ来て築地の寿司を食べてしまったようなものです。

もうアフリカへは帰れない。

いつ四国へ帰ろうかと思う今日この頃です。




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