宗教な一日

11月は日高村小村神社の大祭があり、村内各地区では幟(のぼり)を上げます。

こののぼりが巨大なもので10メートルほどある木の棒を、7,8メートルほどある白い布に何かありがたい言葉の書いてある旗を付けて地区の入口に2本立てます。

昨晩、自治会長から電話があり手伝ってほしいとのことで、今朝7時半に手伝いに行ってきました。

集まったのは6人。皆私よりも年寄です。

私は氏子ではありませんが、こういった行事に参加するとコミニティの一員になれたような気がしてうれしくなります。

ただお祭りの全体像が見えてないので、自分が次に何をやるのかさっぱり分かりません。

それでもご近所さんの話を聞くのは面白く、こののぼりを立てた場所には水を入れたコーヒーの空き缶が10本ほど路肩の縁石の上にきれいに並べて置いてあります。

これは何なのかとずっと不思議に思っていましたが、これは最近毎晩のようにこの場所に夜中にカップルが車で来ては、車内で何時間もいちゃついた挙句、飲んだ缶コーヒーを道路に捨てていくのだそうです。

その缶のゴミをただ捨てるのは悔しいので、カップルへ抗議の思いを込めてこうして並べてあるのだと聞きました。

傍若無人なカップルへ思いが届くことを祈ります。

 

午後は毎月のお楽しみ、日高村護国寺の仏教勉強会へ。

この会ではインドや中央アジア、中国の話が出るのですが、ここ日高村でこういった話を聞くとそれらの外国がなぜかとても身近に感じます。

埼玉や東京で勉強していた時、例えば鍼灸の勉強をしている時でも中国をものすごく遠くに感じていました。

護国寺で勉強していると、山のすぐ向こう側にインドや中国があるような気がしてしまいます。ブッタが護国寺の前の急な坂道を歩いて登って行ってもきっと驚かないでしょう。

不思議な勉強会です。

ところで私は檀家ではありません。なのに住職の魂のこもった講義を無料で受けてしまっています。

 

表題の写真は勉強会の帰り道。夕日に輝く大銀杏です。すっかり黄色く色づいています。




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