20年ぶりに実家の多摩市に帰ってみると、
昔と比べて「多摩は元気がなくなった」「活気がなくなった」という声をよく聞きます。
表題の言葉は今日街を歩いていて見つけたヨガ教室のチラシに書いてありました。
同じ言葉は高知でもよく聞きます。
「高知を元気にしたい」は地元のテレビを観ていると一日に一回は聞いたものです。
だけど高知も多摩も、私にはとても元気に見えます。両方とも活気のある街です。
人の多さを「元気」というなら、多摩なんてものすごく元気ですし、
ひとりひとりのもっている生きる強さを「元気」というのなら、高知なんかはとてつもなく元気な人たちだらけの場所です。
にもかかわらず、昔と比べて「あれがない」「これもない」「元気がない」「活気がない」と言うのはどうも一種の流行りのように思えます。
元気を隠して、ない、ないと言っていると誰かが何かをくれるのかもしれません。例えば、政府が「元気出せよ」と補助金をくれるのかも。
そういえば多摩に仁淀川はありません。
写真は多摩川の支流、大栗川。飲んだら死にます(たぶん)。
こんな汚れた川が街のまん中を流れていたら、100年分の元気だって一瞬で消えてなくなります。
大栗川を浄化して仁淀川のきれいさにほんの少しでも近づければ、多摩も多少は元気になるのではないでしょうか。
仁淀川をください。多摩を元気にするために。