多摩にも高知新聞を

あきる野市へ行く用事がありました。

ついでに台風のせいで秋川の水中へ落ちそうになっている家を見てこようと。野次馬とは思いましたが、テレビでいつもやっているので見ておきたくなりました。

ところが現場へ至る幹線道路が崖崩れで通行止めになっていて(写真)、迂回しなければいけません。大きな街道ですが通行止めになっているとは知りませんでした。

今回の台風は被害がとても広範囲に数多くあります。

その上、人間も道路も東京はとてつもなく数が多いので、私一人がすべての被害を知るのは不可能です。

まあ私が知ったからといって何も変わりはしませんが、

高知では事が起きると高知新聞が全部教えてくれました。

見ず知らずの他人のことでも高新(高知新聞を地元ではこう呼びます)に教えてもらうと身近な人の出来事のように感じたものです。

東京の人が他人に冷淡なのは、他人のことを知らないからではないでしょうか。

ここ多摩でも一歩家から外へ出ればたくさんの人と出会いますが、みんな知らない人ばかり。

朝から晩までたくさんの人に囲まれていても、実際にこの街で何が起こっているのかはほとんど何も知りません。

滅多に人とは会わないけれど、どこへ行っても知っている人のいる高知とは違います。

知り合いではなく知っている人。

知り合いの少ない私でも知っている人と会えるのはなんだかうれしいものでした。

どんなにたくさんの人がいても、知っている人がいなければ無人島に一人で生きているのと同じではないのか。

高知新聞のない多摩の暮らしはそんな感じです。

地元密着、地に足の着いたメディアって大事なんだと、多摩へ来て高知新聞を失ってはじめて気がつきました。

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