土佐の「いられ」は思いやり

高知の人は男も女も大人も子供も「いられ」つまり短気、せっかちです。

例えば、先日私が高知へ帰り、食パンを買いに乃が美の列に並んだ時も、みんなすぐに買えるよう手に代金のお金を握りしめて並んでいるので、あっという間に順番が回ってきます。

レジに来てからおもむろにカバンから財布を出しているのんびり屋など一人もいませんでした。

ただ高知人の「いられ」すなわち短気は、我先にと他人を押しのけても前へ行こうとする精神ではありません。

むしろまったくその逆で、自分のために人様を待たせるのを極端に嫌うがための短気やせっかちが高知の「いられ」です。

その証拠に、高知では普通に車がお互いに譲り合います。

「おれが先だろ!」みたいに割り込んできたり、「ぜってえ入れねえ!」と合流を拒むのが普通の多摩の道路とは大違い。

高知の人は他人にとても気を使います。お先にどうぞ。「いられ」は思いやりの現われです。

ところで、

この東京には地方からたくさんの人が集まっていて、中には高知とは全く逆ののんびりした県民性の地域から来た人もいます。

どこだかはわかりません。

こっちに来てからまだ高知の人とは一度も会っていないのに対し、とてつもなくのんびりしている人とはやたらとたくさん会うので、おそらく東京から近いところ、東北あたりの県民性かと想像しています。が、確かなことは不明です。

今日は立川へ献血に行ってきました。

テレビで血が足りないとやっていたので大混雑です。

その上、入口で検温と手の消毒をやっていたので献血ルームの前は大行列。中に入るだけでも大変な時間がかかります。

私の前に並んでいた青年は予約をしておらず、検温スタッフのおじさんから「今日は終わるまでに2時間以上かかりますが大丈夫ですか?」と説明を受けていました。

すると青年、考え込んでしまいました。後ろにできている長い列など眼中なしです。

献血しようか帰ろうか、どっちにしようかもじもじもじもじ。いつまで経っても青年は決められません。

これが高知だったら1秒もしないうちに「ほなまた来るわ!」と言って帰るだろうに。私もイライラしてきました。

驚いたことに青年は「もうちょっと考えてみます」といったん列を離れ、最後尾まで行って再び列に並びなおすと、またもう一度自分の順番が来るまでに献血するのか帰るのか、考えることを選択しました。

検温のおじさんも真後ろにいた私もびっくり。

恐ろしく気の長いやつです。またはとてつもなく暇なのか。これが県民性の現われだとしたらいったいどこの県なのか?

高知とはまったくの逆。そんなところに私はぜったい「よう住まんき」。

 

献血の結果はまだですが、高知の時より採血に時間がかかったところから察すると東京に来てドロドロ血になってしまったようです。

高知にないからというただそれだけの理由で、松屋の牛焼肉定食ばかりをひたすら食べ続けていたせいだと思います。




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