土のちから

実りの秋になると高知の土のちからに圧倒されます。

耕作放棄地の我が家の庭にもかつておじいさんが蒔いた種の生き残りが勝手に実をつけます。目の前の山は食べられる山野草の宝庫です。

明日、世界経済が崩壊して電気もガスも水道も止まってさらに外からの食料の流通が止まったとしても、高知の土が勝手に食料を生産してくれます。もちろん飲める水はいたるところに流れています。

この点が都会との大きな違いです。

都市部の土地は瘦せていて生産力も小さいうえに人口密度が高いので、いざというときに人を養う力はないはずです。東京では生きるための唯一の方法がお金です。お金で食料のほか生きる手段すべてを買うしかありません。なので都会の生活はいつも不安が付きまといます。「お金がなければ生きていけない」。よく聞く言葉ですが都会では本当です。実際は「お金があっても生きていけない」が本当です。明日世界経済が崩壊すればお金にはなんの価値もなくなります。

東京の人がよく働くのは不安に突き動かされているからだと思います。

先日司牡丹の社長さんが講演会で、高知は新鮮でうまいものが食べられるから料理が発達しなかった。まずい食材しか手に入らない地域ほど料理がよく発達したと言っていました。

その通りだと思います。金儲けも同様です。不安が多い人ほど必死に働きます。

飢え死にのない豊かな土地に暮らして必死に働く必要がどこにあるのでしょうか。

高知の人にはビジネス感覚がないと批判されることがあります。確かに高知でビジネスの勉強会に行ってもビジネスの話を聞いたことがありません。今日参加した会もそうでした。移住して最初のころはそのことにとてもイライラしました。もっと金儲けができるのになぜやらないんだと。

しかし今はもうイライラしません。

今は高知の暮らしが「正しい」と思っています。豊かな土のちからに守られて暮らすのが人の本来の姿です。都会の人はみんな高知の土のちからを学ぶべきだと思います。生産力の高い土は生きる不安を取り除く最良の処方箋です。

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