南国土佐をあとにして

引越の業者さんが作業に来てくれたのが昨日の夕方5時。全部が終わって私たちが高知を出る頃にはすっかり夜に。

そこから感傷に浸る間もなく徹夜で車を運転し東京へ来たために、まだ高知を離れた実感がありません。

一週間後には高知の家へ帰るような感覚です。

しかし冷静に考えると、間違いなく高知の家は大家さんにお返しし、東京へ引っ越してきてしまいました。

東京のどこが苦手か一言では語り尽くせませんが、同じ東京生まれの妻と二人、一日でも早く東京での仕事を片付けて高知へ帰ろうと、初日にしてすでに何度も確認しあっています。

そんな中、懐かしい高知を思い出す出来事が初日にして2つもありました。

まず、転居届けを出しに多摩市役所へ行くと、日高村役場と雰囲気がとてもよく似ていることに気がつきました。

地方公務員というのは全国どこでもだいたい同じなのかもしれません。多摩市役所も日高村役場も同じような雰囲気で、とても懐かしい気持ちになれました。

もうひとつは四国電力から電話をいただいたことです。

実はここ東京でも電気は四国電力から買うことにしています。

せっかく貯めたよんでんポイントを引っ越しために無駄にはしたくなかったですし、いずれ高知に戻るつもりなので、東京電力ではなく引き続き四国電力と契約しました。

それは良いのですが、

開始の日付を間違えて明日からの契約にしてしまったがために、今日は狭い陽の当たらないアパートの部屋が真っ暗、おまけにえらく蒸し暑いのにエアコンも使えません。

これはたまらんということで、一日開始を早まってくれないか、四国電力へお願いの電話をしたところ、折り返し電話をくれた男性の担当者が土佐の人でした。

おかげでとても懐かしく、私が3年半の間に覚えた土佐弁も心置きなく使うことができました。

ただ残念だったのは、担当者の男性が東京へ電話をするということで土佐弁を抑えぎみにしていたことです。

「1、2時間ばあには電気は使えるようになるがですき、いえ。なりますき、あ、なりますです。」

それでも受話器から聞こえる土佐弁はとてもうれしく、懐かしい言葉でした。

One Reply to “南国土佐をあとにして”

コメントを残す