今を生きる平家の落人

坂本龍馬記念館、龍馬の生まれたまち記念館、龍馬伝幕末志士社中、坂本龍馬像、坂本龍馬誕生地。高知の歴史は坂本龍馬しかないよう見えます。

しかし高知の歴史は過去に遡るほど面白くなります。明治維新よりも江戸時代、戦国時代、中世へと遡るほど高知は輝いていきます。

全国的にも四国と言えばというほど有名な「平家の落人伝説」。その中心地、安徳天皇終焉の地、越知町の越知平家会の皆さんの会合に参加してきました。場所は宮内庁所管安徳天皇陵のある横倉山。

平家物語では、安徳天皇は壇ノ浦の合戦(山口県下関)で崩御されたことになっています。しかし四国に伝わるもう一つの平家物語では、天皇は屋島の合戦(香川県)で身代わりを立て四国に上陸しました。四国には安徳天皇を守る平家一門とその命を狙う源氏一門との手に汗握る追跡を巡る伝説が各地に多数残されています。

横倉山には安徳天皇の陵墓の周囲に天皇の重臣、平家一門80数名の墓が点在しています。900年経った今でも若い安徳天皇を守っているようです。もしかしたら越知平家会の人たちは安徳天皇とともに四国にわたってきた平家一門の末裔かもしれない。そう思って会合に参加すると平家会の皆さんが本当に平家に思えてきました。100歩譲って平家ではないとしても当時越知町に天皇と平家一門を受け入れた住民の子孫であることは間違いないように思われます。というのも皆さん自分の家のお墓を守るように横倉山を大切にしているからです。皆さんどことなく雅な趣があるし。平家の子孫と言ってもおかしくない雰囲気があります。

平家は今も高知の山間部に生き続けています。

他にも、さらに仁淀川上流の仁淀川町に武田勝頼終焉の地があり、今もその墓所を大切に守る人たちがいます。詳しくはまだわからないのですが山梨から落ち延びてきたのでしょうか。今後調べてみます。四国の山奥に「風林火山」ののぼりがはためくとても不思議な景色があります。

私の村日高村には中世の豪族の作った城跡がいくつかあります。その豪族、三宮氏や柏井氏、北添氏の名を継ぐ子孫が今も大勢住んでいます。また豪族同士の戦いに詳しい歴史の語り部もいます。

高知では歴史は過去の出来事ではなく、過去から引き継がれた「今」を生きる知恵です。

今日のランチ。越知町かどたのトルコライス。

 

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