今さら祭りに盆踊りがないことに気づく

夏も終わりに近づいた今日この頃になって、高知のお祭りに盆踊りがないことに気が付きました。

あまりお祭り自体に興味がないので知らないだけかもしれませんが、高知に来て1年半、「おまつり」と名の付くイベントで「やぐら」と「太鼓」と「盆踊り」のセットを一つも見たことがありません。

そんなことに今さらながら気が付きました。

盆踊りの代わりに、高知のお祭りは学生の文化祭方式、ステージがあってその上でサークルの発表やカラオケ、ゲスト歌手やバンドが演奏します。

ただこれは高知の伝統ではないようです。

日高村にも立派な盆踊り「日高音頭」があります。

来月10月9日開催の「見たか来たか日高家まつり2017」の打ち合わせでも、参加者から「日高音頭復活」の提案がありましたが、「まだ早い」ということで却下されていました。

私には想像もつかない複雑な理由があって日高では盆踊りがないような感じです。

盆踊りがないとわかると改めて盆踊りの意味を考えてしまいます。

夕方、祭りが始まってから夜中に終わるまで、盆踊りの場合ほぼノンストップでずっと踊りが続きます。参加者は好きな時に自由に踊りながら祭りを楽しむことができ、誰に教わることなく見よう見まねで親から子、子から孫へと自然に踊りをおぼえます。

そしておぼえるのは踊りだけではありません。年に一度、そんな自由な雰囲気の中で子どもたちは恋をおぼえ、大人になってゆく。

盆踊りってそんなだったなとしみじみと考えました。無いと思うとありがたみがわかる。人間の悲しい性です。

まあ、もともとお祭り自体に興味がないので、盆踊りでもステージでもどっちでもかまいません。うまい出店があれば十分です。




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