バチの当たる人

「あたしががんになったのはバチが当たったせいだ。」

今日会ったお婆さんがそんなことを言っていました。

その方には何か心当たりがあるのかもしれません。

ただ私は10年以上がんの終末期の病院で鍼を打ってきて、ずいぶんとひどい状態の患者さんともたくさん会ってきましたが、

ほとんどすべてのがんの患者さんは、みんなやさしくて、周囲に気を使いすぎるほど気を使う人たちだった気がします。

バチが当たってがんになったなんてとんでもない。

がんは人格者のなる病気だと思っています。

だいたいこの狂った世界では良い人ほど病気になります。

そのため元気な頃の悪事の報いとしてがんになったのだろうと思える人と会ったことはほとんどありませんでした。

病院で悪党らしき人と出会ったのは10年間で数人くらい、うち確信を持っていえる犯罪者は一人。

本人がカミングアウトしたのでわかりました。

そのお爺さんは、自分は法律で捕獲を禁止されている野鳥を捕まえてマニアに売っている。元気になったらまたやるつもりだと、よりによって野鳥好きの私に自慢げに語ってくれたので、

「私には守秘義務があるので警察には通報しませんが、退院しても二度と野鳥を捕まえてはいけませんし、これまで野鳥を捕まえてきたことを心から反省してください。」

と伝えたら、二度と病室へ呼ばれませんでした。

そのためお爺さんにその後バチが当たったかどうかはわかりません。

そもそも悪党にバチが当たるなんてことはあるのでしょうか?

どこかの国の政治家たちのように、本物の悪党は病気にもならず、殺したって死なないような人たちばかりです。

かくいう私だってこうして元気に暮らしています。

冗談はさておき、

野鳥はいつも人間にやられっぱなしなので、

人間から酷い目にあわされた野鳥には人間を不幸にする能力があってもいいんじゃないかと思っています。

美しい姿やさえずりで人を癒すばかりじゃないぞ。本当は怖いんだぞ。

と人間に思い知らせてほしい。

人間による破壊から自然を守ってほしい。

その意味でカラスはいい線いっていると思います。




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