シロは捕まらない

日高村の野良犬シロの捕獲作戦は失敗に終わりました。

と言うよりも、今日集まった人間の中にシロを本気で捕まえる気持ちのある人間は一人もいません。

小動物保護センターの二人も最初から捕獲する気などなく、職務上ただ様子を見に来たという感じで、もし捕まえるならばどうするのかをいろいろ話すだけ。

その様子を、シロは数メートル離れた位置からずっと眺めていました。

東京や埼玉の住宅街のように人口密度の高い場所にいる野良犬と、日高村のように人間の住む場所よりも森の方が広い村にいる野良犬では、人間側に捕まえる動機の必死さが違います。

シロは何か嫌なことがあればすぐ山へ逃げればよいので、追い詰められて人を襲うことはまず考えられません。都心の住宅街では野良犬は逃げる場所がないので、追い詰められて人に反撃することもありえます。

それに、

高知は今、犬猫の殺処分を中止しています。そのため保健所や小動物保護センターには保護された犬猫であふれかえり大変な混乱状態にあるそうです。

シロを連れて帰っても置く場所がないと今日来たセンターの人も言っていました。

高知で殺処分を中止しているのは、高知が動物愛護の精神にあふれているからではありません。むしろ日本でトップクラスの殺処分数の多い県でした。

あまりに殺処分が多いので、日本各地の動物愛護団体の怒りを買い、山のような抗議を受けたために、仕方なく中止しているのだと聞いています。

まあ、本当かどうかは分かりません。高知の人はサービス精神にあふれているので話を大きく言う傾向があります。その点は私も土佐人の血を引いていますが。

先日、高知で動物愛護の活動をしている人に「高知では殺処分ゼロですね」と言ったら、「それは建前で実際には殺している」と怒っていました。もはや本当のことはわかりません。

私事ですが、動物の命を大切にすることについて、東京埼玉に住んでいる時は心に矛盾を抱えていました。

動物の命を大切にしたいと思いながら、毎日、牛豚鳥の肉を食べる自分をどう考えたらよいのか。犬や猫など好きな動物だけをかわいがり、おいしい動物は殺して食べる、動物への愛を語りながら結局、自分の欲望だけで動物と接しているだけではないのか。

動物の命を大切になどと言ってもそれは自分のエゴなのではないか。そんな心の葛藤を抱えて生きてきました。

が、高知に来てその矛盾は解決しています。

言葉では理屈を表現できませんが、どうしたわけか動物を食べる気持ちとかわいがる気持ちは今、心の中で一つに調和しています。

野生、自然の方が人間の欲やエゴより強いということが実感できたからではないでしょうか。

イノシシやタヌキやアナグマが自由に暮らす山を、鉄砲猟師の老人と歩いているうちに自然に矛盾を矛盾と考えなくなりました。

シロには毎日楽しくのんびり一生を送ってほしいと思っています。

一方、今は捕獲されたイノシシが鉄の棒で殴り殺される話を聞いてもなんとも思いません。そのイノシシは食べておいしい年頃と大きさだろうかなどと考えています。

シロとイノシシの間にどんな違いがあるのか、言葉にすると同じ動物の命。殺しても平気なのはイノシシが人間に迷惑をかけるからだけではない気がします。どうもしっくりくる理由はいまのところ思いつきません。

ともかくシロの自由な生活はしばらく続きそうです。

写真はかつてシロが暮らした錦山の山頂部。中四国で一番広い茶園があります。

薄っすら雪化粧。




コメントを残す