はぐれシイタケの奇跡

日高村の眠れる宝「大滝山」に春が訪れようとしています。

歩くにはよい季節になりました。

山をわたる風は爽快そのもの。

朽ち木には野生のシイタケがびっしりと傘を広げています(写真)。

と言いたいところですが、残念ながら野生のシイタケではありません。

近くにあるシイタケの栽培場から風に乗って逃げてきた胞子が朽ちた椎の木にたどり着いて成長したものです。

それでもここまで成長するのはすごいと思います。誰も育てようとしていないのにシイタケを育ててしまう自然のエネルギーには驚きます。

まあシイタケは何もやらなくても勝手に育つものかもしれませんが、私には奇跡にみえます。

3,40年前の大滝山は秋になると山中が松茸の香りでむせ返るようだったそうです。今は松茸のまの字も香りません。

シイタケをぐんぐん育てる山も今はもう松茸は育たない。いったい山は何が変わって何が変わらないのか。

自然はとても大切なことを教えてくれようとしている気がします。が、それを受け取る知性が私には欠けています。

松茸はいつかまた大滝山に帰ってくるのか。あるいはもう二度とこの山で松茸と会うことはないのか。シイタケを目の前にして、まだ春だというのにそんなことを考えていました。

それでも山が問いかける大きな問いを全身で感じながら歩くのは哲学的な体験です。答えは永遠に分からなくても、山は生きている実感を私たちに与えてくれます。




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