さよならマヨネーズキッチン

高知のような食品流通の出発地点つまり生産地と、私のふるさと東京多摩地域のような流通の最終地点つまり消費地で手に入る食材には、どれだけ質の違いがあるのか。

昔、多摩に住んでいる頃、私は両者にそれほど違いがあるとは思ってはいませんでした。

自由市場経済は日本中あまねく浸透していて、おカネさえ出せば多摩でも日本中のうまいものが手に入る。うまいものが食べられないのはおカネがないからだと思っていました。

今、高知に住んでみて、いくらおカネを積んでも多摩ではうまいものは手に入らないとわかりました。

海のものでも川のものでも畑のものでも、本当に質の高いものはとても希少で、ほとんど全部地元で消費されます。

農水産物など自然のものの品質は、たとえハウス栽培であっても一定ではなく、良いものはたいていごく少数で、流通に乗るほどの量が取れないのです。

それにどんなにお金を積んでも、鮮度(時間)は買えません。

 

昨日まで整体の修業時代を過ごした多摩地域の大繁華街、立川にいました。5年ぶりくらいの訪問です。

羽田からの空港バスが立川駅に近づくと、昔、話のタネに行った「マヨネーズキッチン」の看板が消えていました。

すべての料理にマヨネーズを使っているビュッフェで、当時テレビや雑誌にたくさん登場して大人気だった店です。

整体の仲間数人で、恐る恐るドアを開け席に案内されると、テーブルにはマヨネーズのデカチューブ。マヨネーズでできた料理の上にさらにマヨをかけろという店の細やかな心づかいに一同苦笑いしたのを思い出します。

私たちは「マヨラー」ではなかったのですぐに食欲をなくし、しかたなく店唯一つのマヨなし料理、カレーを選ぶことに、

「カレーにもマヨネーズをかけるのかな?」

「まさか!どんなマヨ好きでもカレーにはかけないだろ」

などと笑いながら、周囲を見てみると他のテーブルにいる本物のマヨラーはみんなカレーにマヨネーズをかけていました。しかも山盛り。

そんな思い出のマヨネーズキッチン以外に、今回、化学調味料の白い粉をカッコいいパフォーマンスで丼に大量投入していたラーメン屋も消えていました。

たくさんの飲食店が生まれては消えを繰り返している東京多摩地域。

それでも決して変わらないのは、多摩の飲食店の主役は食材ではなく調味料です。どうしても食材の質に問題があるために調味料で頑張らなければおいしいと呼べるものを作れないのかもしれません。

高知に来てたくさんのマヨネーズキッチンとお別れできたのは幸運でした。




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