「坊っちゃん」の中の高知

夏目漱石の「坊っちゃん」を読み返しています。

以前読んだのはたぶん中学生の頃。東京にしか住んだことのない、四国も松山も知らない頃です。

内容はもうほとんど覚えていないのですが、四国に住んでいる今読んでみたらどんな発見があるのか知りたくて読んでみました。

「坊っちゃん」ではまず松山がものすごい田舎だと書かれています。

高知と比べると松山はものすごい大都会で、たぶん明治の頃も同じです。

その巨大な都市がちっぽけな田舎町として描かれていたことに驚きました。

ただ赤シャツのような見栄っ張りでかっこつけるキャラは、今でも高知から見た松山人のイメージにぴったりです。

高知からみると松山の人は、赤シャツと同じく俳句だの文学だのをたしなんでいるのをこれみよがしに見せつける癖があるように見えます。

話はずれますが、友人がアメリカで松山出身の人と会った時、餅投げが話題になりました。高知に住んでいる私が餅投げを楽しんでいたからです。

ところが、その松山の人は「松山では餅投げはやりません。あれは四国でも田舎の習慣です」と冷たく言いました。

いかにも松山の人らしい赤シャツ的なエピソードです。もちろん松山にも餅投げはあるはずで、松山市のすぐ隣、砥部町の陶器まつりでは餅投げは祭り最大のイベントになっています。

松山はともかく、「坊っちゃん」には高知の文化も出てきます。

日清戦争の祝勝会で高知からやってきた踊りが披露されるくだりです。

その踊りがなんと、私が日高村でやっている太刀踊りでした。

あの文豪夏目漱石の筆で、私たちの太刀踊りが描かれているのを読むのは感動です。世界的に有名な小説「坊っちゃん」に私が登場させてもらえたような感覚になります。

「坊っちゃん」に描かれた太刀踊りも、松山同様、ド田舎の踊りとして表現されてはいますが、おそらく夏目漱石自身が実際に太刀踊りを見たに違いありません。それはもしかしたら日高村の太刀踊りだった可能性もあります(高知にはいくつか太刀踊りがあります)。とても正確に太刀踊りが紹介されていて驚きました。

それにしても漱石は「坊っちゃん」で松山の土地も人もボロクソに書いています。当時、誰も怒らなかったのでしょうか。

現代の松山でも野球場を「坊っちゃんスタジアム」と名付けるくらい漱石はヒーローです。

松山人の心の広さには感服します。

 

今月は年に一度の太刀踊りの月。

ただ残念なことに私は参加していません。協力隊を辞めて自分で鍼灸の仕事を始めてしまうとなかなか練習に参加できないからです。

来年は仕事を軌道に乗せて、また太刀踊りに参加したいと思っています。




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